釋奠の儀
釋奠(せきてん)の儀
釋奠の祭器
釋奠(せきてん)の祭器
曝書1 曝書2
曝書(ばくしょ)

伝統行事

釋奠(せきてん)

 釋奠は「しゃくてん」・「しゃくでん」・「せきてん」とも読み、「釋」も「奠」も供え物を置、並べるという意味です。
 もとは山や川の神、先聖・先師を祀ることを「釋奠」と言いましたが、後漢(25~220)の光武帝(こうぶてい)が、孔子と72弟子を祀ったころから、「釋奠」は孔子を祀ることを言うようになりました。
 日本の「釋奠」は奈良時代の大宝元年(701)完成の「大宝令」(たいほうりょう)には、2月・8月上旬の丁(ひのと)の日に行うと記されています。延喜5年(905)に編集を始め、延長5年(927)に完成した「延喜式」(えんぎしき)という法令集に「釋奠」のことがくわしく定められました。
 足利学校の釋奠の起源ははっきりしたことは判りませんが、現行の釋奠の祖形は、明治40年に相場朋厚により書かれた「足利学校遺蹟釋祭略式」の祭典序次で、現在の釋奠の基準となっています。明治40年の釋奠は冬至の日に挙行していましたが、大正4年からは11月23日に変更され、現在に至っています。現在の釋奠は、種々の祭器即ち簠、簋、籩、豆、爼、爵、犠罇、象罇、水瓶等を用いて野菜類ほか米、餅、鯛、鯉、牛肉、酒等を供え、祝文は祝兼掌事が朗読し捧げています。
 平成19年、足利学校釋奠は100回を迎え、これを機に足利市が主導であった釋奠から足利市民が主体となって行う史跡足利学校釋奠保存委員会が主催することとなりました。
 平成20年(2008)、釋奠は足利市重要文化財(民俗文化財)に指定されました。

曝書(ばくしょ)

 秋には、気候のよい時期を選んで貴重な書籍を虫干しする「曝書」が行われます。曝書は、貴重な書籍の状態を維持していくために大切な作業です。書籍を広げて風を通すことで湿気をとり、虫食いやしみ、糸切れなどがないか保存状態を確認しています。江戸時代に行われた記録も残る伝統行事で、足利のまちの風物詩となっています。