日本人の精神を育んできた主要な思想伝統は神道と儒教と仏教です。日本思想
史から見ると、神道は日本人と共に古く、中国起源の儒教は5世紀に、インド起源
の仏教は6世紀に日本に伝えられ、日本人の心を形作って参りました。
明治23年に来日した小泉八雲(1850-1904)は、横浜から赴任地の松江に到着して
間もなく出雲大社のある杵築を訪ねました。その時の探訪記「杵築―日本最古の
神社」の冒頭で八雲はつぎのように書いています。
神道は、…体系的な倫理も、抽象的な教理もない。しかし、そのまさしく 「ない」ことによって、西洋の宗教思想の侵略に対抗できた。…現実の神道は、 …あくまで国民の心のうちに息づいているのである。…この国の人々の美の 感覚も、芸術の才も、剛勇の才も、…すべてはこの魂の中に父祖より伝わり、 無意識の本能にまで育まれたものなのだから。このように八雲の直感は、神道のなんたるかを鋭く感じ取ったのです。儒教と 仏教は、この神道の基盤の上にもたらされた外来の思想伝統でありました。私たちの 祖先は、日本人の持ち前の好奇心、包容力、同化力によって、両者を日本化し、 日本人の精神的バックボーンと化したのでした。しかし今やこのことが、西洋文明と 科学・技術の偏重のために忘れ去られようとしております。その結果として、 連帯感の喪失、人間の絆の衰退、心の空白などが今日の日本の社会において顕在 化し、倫理道徳の退廃となっているように思います。
去る8月にスリランカを旅行し、コロンボから車で、世界遺産の一つアヌラー
ダプラに向かう途中、旅行案内書にも出ていないクルネガラという、名もない
田舎町で、思いがけず、生涯忘れがたい感動を経験いたしました。
そこでは、目下巨大な岩山をくり抜いて、高さ21メートルもの大きな仏像を
建造中でした。2001年に、バーミヤンの仏像が破壊されたニュースを聞いたスリ
ランカの人々の中に、イスラーム教のモスクを破壊しようという動きが起こった
そうです。そのとき、このクルネガラの坊さんが、村人達に、そんなことをしな
いで、バーミヤンの仏像の代わりに、この大きな岩山に仏像を造ろうではないかと
提案されたそうです。それを聞いた子供たちが、さっそく自分たちのお金を集めて、
これで造って下さいと坊さんに頼んだところから、建造に着手されたそうです。
「さすがに仏教国スリランカ!」と、感動をおぼえました。私はその時、
実にこの世において怨みに報いるに怨みを以てしたならば、
ついに怨みの止むことがない。怨みを捨ててこそ止む。
これは永遠の真理である。(五)
という仏典『ダンマパダ』(『法句経』)の詩句を思い起こしました。
昭和26年9月4日サンフランシスコで開かれた対日講和会議で、スリランカ(当時
のセイロン)のジャヤワルデネ初代大統領は、この『ダンマパダ』の詩句を引用
して賠償請求権を放棄することを宣言されました。さらに「アジアの将来にとって、
完全に独立した自由な日本が必要である」と強調して一部の国々の主張した日本
分割案に真向から反対して、これを退けられたのでした。
周知のように、怨みに報いるに怨みをもってする紛争や戦争やテロは、少しも
減少することなく、世界のあちこちで起こっています。クルネガラの坊さんは、
この悪の循環を断ち切るために、おそらく前引の『ダンマパダ』の言葉を根拠に
して説得されたのではないかと思います。
ニューヨークの同時多発テロ事件後、米政府によるアフガニスタン攻撃が開始
され、報復を肯定する世論が吹き荒れる中で、翌年の2月、テロで肉親らを失った
遺族たちが、反戦を訴えるNGO「ピースフル・トゥモローズ」を結成。アメリカ
全土を回って平和的解決を訴えるとともに、米軍の攻撃によって傷ついたアフガニ
スタンの犠牲者家族との交流も始めたということです。人類が「永遠の真理」に
目覚める日が一日も早く来ることを切望しています。
去る8月8日、「中国百年の夢」といわれる第29回オリンピック競技会北京大会
が午後8時(日本時間午後9時)に開幕し、鳥の巣で行われた意表を突く豪華絢爛
たる開会式の模様が全世界に向かって放映されました。開会式は中国の歴史や改
革開放後の姿が絵巻物の形で演出されました。
絵巻物の場面が次々と変わり、強く印象に残っている場面の一つは、沢山の孔
子の弟子たちが、おのおの竹簡をもって登場し、『論語』の名文句の一つ「四海之内、皆兄弟也」(顔淵第十二)を唱えたことです。今年出版された須永美知夫先生編『足利学校書き下し論語』によれば、「(君子(くんし)、敬(けい)して失(うしな)うこと無(な)く、人(ひと)と恭(うやうや)しくして礼(れい)有(あ)らば、四海(しかい)の内皆兄弟(うちみなけいてい)なり。(君子何(くんしなん)ぞ兄弟無(けいていな)きことを患(うれ)えんや、と。)」とあります。これは兄弟がなくひとりぼっちであることを嘆いていた司馬牛に、子夏が慰めて言ったことばです。オリンピックの精神に通ずるものがあり、各国の首脳が集い、史上最多の204カ国・地域から選手、役員約15000人が集まったオリンピックに相応しい文言でした。
つぎに場面は中国古代の4大発明の一つである活字印刷に移りました。画面に大きく映し出されたのは印刷に用いる字体の異なる「和」の活字であり、これはまた『論語』の理念「和為貴」(学而第一)を表現していたのです。同じテキストによると「(有子曰(ゆうしいわ)く、礼(れい)の用(よう)は、)和(わ)を貴(とうと)しと為(な)す。」とあります。これは礼(社会・生活規範)を行うには和が根本になければならない、と説いた有子のことばです。厳しいルールの適用は、オリンピックには必須ですが、その適用に当たっては和を強調するもので、この理念もまたオリンピックの精神に通ずるものがあるばかりではなく、チベットの暴動に揺れながらも、必死に世界平和への中国の誓いを示そうとしたものではないでしょうか。
しかしこのように『論語』が、中国共産党政権の威信をかけた開会式に、中国文化の誇りとして世界中に顕示されようとは想像もしておりませんでした。孔子を極悪非道の人間とし、林彪はそれを復活しようとした人間であるとして厳しく排斥する「批林批孔(ひりんひこう)運動」の嵐が吹き荒れた25年前の中国を知っているものにとっては、今回の孔子のこの輝かしい復活振りは、些か驚きでありました。
真理は不滅であります。足利学校で、見学者に『論語』の素読を教え始められたことは、まことに喜ばしいことであると思います。
人生の指針となるような警句や金言に満ちている古い仏典に『真理のことば』(『法句経』)があります。この中に、
学ぶことの少ない人は、牛のように老いる。
かれの肉は増えるが、かれの智慧は増えない。(152)
頭髪が白くなったからといって「長老」なのではない。
ただ年をとっただけならば「空(むな)しく老いぼれた人」と言われる。(260)
という最高齢者の仲間入りをした私にとって胸を刺すような言葉があります。
いたずらに馬齢を重ねているのではないかと内心忸怩たる思いがいたします。
前庠主の中村元先生が設立された東方学院へは、定年を迎えて第二の人生を
歩んでいる方が大勢来られます。その中のお一人で、永年勤務した教職を退き、
縁あって東方学院の門を叩かれた方が、東方学院で発行している『東方だより』
に、『論語』冒頭の有名な一旬
子日く、学びて時に之(これ)を習う、亦た説(よろこ)ばしからずや。
を引用、学び復習することの喜びを述べ、「人が自分を理解してくれなくても
慍(いきどお)らない」君子の境地を目指して精進を重ねたいと抱負を述べて
おられます。
同じ『論語』には、
学べば則ち固(こ)ならず。 思いて学ばざれば則ち殆(あや)うし。
と言われております。学ぶことによって知見を広めれば、狭量な考えに囚われ
ないようになる、と説かれ、さらにまた考え、思うだけではなくて、学ぶこと
の大切さが強調されています。
仏教の開祖ゴータマ・ブッダは、最後の直弟子となったスバッダに教えを説
いてから、いよいよ臨終を迎えられます。そして枕頭の弟子たちに、
「もろもろの事象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成なさい」と。
(『大パリニバーナ経」6.7)
という、出家以来「修行をつづけて来た者の最期の言葉」を残し、二本の沙羅
の木の間で、安らかに息をひきとられたと伝えられています。ときに80歳でし
た。ブッダの遺言は、後に残していく弟子たちに対する訓戒であると同時に、
ブッダ自身の生きざまを間接的に述べられているように思います。
このように孔子もブッダも一生勉強、一生修行を、口を揃えて勧めておられ
ます。足利学校が皆様のそのような勉強の場であって欲しいと願っています。
ニューヨークに無差別テロが起きてからもうすでに5年余の歳月が流れました。あの
目繰り返しテレビ画面に映し出されたツインタワーの悪夢のような光景が今もなお鮮明
に脳裏に焼き付いています。
あのめらめら燃え上がった怨念の地獄図を見たとき思い起こしたのは、「目には目を、
歯には歯を」という言葉でした。人から害を与えられたら、無制限ではなく、それに相
応する報復をしなさい、ということです。このような考え方が文字で書かれて残ってい
る最古の記録は、私の知る限り、紀元前十八世紀ころ、バビロン第一王朝の第6代の王
ハンムラビによって制定された法典にみられるものです。それと同時に思い起こしたの
は仏教聖典『ダンマパダ』(『法句経』5)の有名な次の一句でした。
じつにこの世において、怨みに報いるに怨みを以ってしたならば、ついに
怨みの止むことがない。怨みを捨ててこそ止む。これは永遠の真理である。
この句を、仏教国スリランカの代表が、第二次世界大戦後、昭和26年に行われた講和
条約締結のときに引用して、日本に対する一切の賠償請求権を放棄し、大きな反響を呼
びました。第一次世界大戦後、戦勝国側は報復的に過酷な賠償を敗戦国ドイツに請求し、
それがナチスを生む大きな原因になったことはよく知られていることです。
あの同時多発テロが発生して以来、すっかり世界は変わってしまったといわれていま
すし、私もそのように思います。今なおテロに泣くバグダッドの悲惨なニュースなどを
聞き、東京はもちろん世界各地における対テロ警戒態勢をみるにつけ、何か21世紀もま
た、共生どころではない、血塗られた世紀となるかも知れないという忌まわしい予感が
走り、まことに暗澹とした気持ちでおりました。
しかし「脱憎悪の連帯」と言う大きな記事を、去る9月9日付の『朝日新聞』の夕刊
の第一面に見つけたときには、何かほっとした気持ちになりました。これは同時多発テ
ロの米国遺族と世界各地のテロや戦争の被害者らが9月8日に、ニューヨークに集まり、
自らの体験を語り合い、各国の犠牲者が非暴力を呼びかける国際ネットワークを結成す
ることになり、「民間人をこれ以上殺さないで」と呼びかけたという報告でした。この
運動を主催したのは、「ピースフル・トゥモローズ」という対テロ戦争に反対してきた
9・11テロの遺族団体であったということです。突如として怨念の犠牲となられた遺族
の方々は、捨てがたい自らの怨念を捨て、人々に平和な明日を、平穏な未来を、という
運動を起こされたのだと思われます。この動きが高まり、平和な世界が実現することを
切望してやみません。
ある親が、子供に「何故人を殺してはいけないの?」と訊かれて、答えられなかった
という記事を何かで読んだ覚えがあります。これを読んだとき、私は、古い仏典(『サン
ユッタ・ニカーヤ』)にでてくる「マッリカー」という有名な話を思い出しました。
昔、北インドのコーサラ国王パセーナディは、愛するマッリカー王妃とともに宮殿の
屋上にいました。おそらく満月でもめでていたのでしょう。そのとき王は、王妃に、
「あなたには、自分よりももっと愛(いと)しい人が、誰かいるかね?」
と訊ねました。おそらく王は、王妃から間違いなく「はい、それはもちろん王様です!」
という答えが返ってくるものと思っていたに違いありません。ところが王妃からは、
「大王様、私には、自分よりももっと愛しい人はおりません。大王様にとっては、ご
自分よりももっと愛しい人がおられますか?」
という、思いがけない答えと質問がかえってきました。そのときはっと気づいた王は、
「マッリカーよ。私にとっても、自分よりもさらに愛しい他のひとは存在しない」
と、答えざるを得ませんでした。そこで王は、宮殿をでて、仏教の開祖ブッダのおられ
るところへ行って、事の-部始終をお話しいたしました。それを聞いたブッダは、
「どの方向に心で探し求めてみても、自分よりもさらに愛しいものをどこにも見出さ
なかった。そのように、他の人々にとっても、それぞれの自己が愛しいのである。そ
れ故に、自己を愛する人は、他人を害してはならない」
と、このような詩を唱えられました。
多くの人は、私も含めて、自己中心的で反省がなく、他人の身になってものを考える
ということがなかなかできません。正常な人間であれば、自分が何よりも誰よりも愛し
く、殺されたい、傷つけられたいなどと思う人はいないと思います。自分がそうであれ
ば、他人も同様です。殺されたり、傷つけられたりする相手の立場に立てば、人を殺す
などということは、およそできないことです。『論語』の「己の欲せざる所、人に施すな
かれ」とか、キリスト教の黄金律「あなたが他人からして欲しいと思うことを、そのま
ま他人に行え」(「マタイ傳」)も同じような精神に由来するのでしょう。相手の身にな
って考えると言うことから、究極的には慈悲とか仁とか愛のこころが起こると思います。
さらに考えをめぐらしますと、この自分というものは、本来、他人から離れては存在
することはできないものであることが分かります。自分だけで生まれてきた人はおりま
せん。着るもの、食べるもの、住む家など、すべて他人のおかげを受けおります。自分
は、無数の他人との連関の中に生まれ、生き、死に、そして死後すらも連関の中にある
のです。日常、自分は、自分だけで生きているように錯覚しているのですが、じつは無
数の他人に生かされているのです。他人を殺すことは、自分をも殺すようなものではな
いでしょうか。このことは、仏教では、自他不二(じたふに)とも、自他平等(じたびょうどう)とも言われています。
昔、新羅(しらぎ)の国の元暁(がんぎょう)(617-686)という大変に優れた仏教僧が、義湘(ぎしょう)という
もう一人の仏教僧と一緒に唐に留学することになりました。二人は旅の途中、
ある夜、墓場で野宿をいたしました。そのとき喉が渇いてちょうどそこにあっ
た器の中の水を飲みました。ところが翌朝、目が覚めて、その器が人間の髑髏(どくろ)で
あったことが分かり、髑髏の中の水を飲んだことにはっと気づき、急に吐き気
をもよおしました。このとき元暁は、知らないで美味しく飲めた水も、ひとた
び髑髏の中の水と分かると、途端に吐き気をもよおし、もはや飲むことが出来
なくなったのは、一切のものが心によって生ずるからである、と悟ったと伝え
られています。
今日、科学技術創造立国というスローガンが声高に叫ばれております。その
ために、日本の教育、とくに大学教育において、日本の将来を担う青年たちの
心の教育に必須不可欠な哲学・倫理学・宗教学・史学・文学などのいわゆる人
文科学がないがしろにされております。科学技術は決して万能ではありません。
科学技術は、人間はいかに生きるべきであるか、などということは教えてくれ
ません。科学技術が対象としているのは、物質の世界であって、心の世界では
ありません。心の世界を対象とするのは、宗教であり、哲学であり、倫理学で
あり、人文科学の諸学問です。科学技術は、髑髏の水を美味しく飲ませこそす
れ、心の目覚めを起こさせるものではありません。近年顕著な道徳の荒廃の一
因は、人文科学の衰退に由来するのではないかと思います。しかし心の教育に
は、科学技術の教育のように、目に見えるような成果を期待することは不可能
です。そのために即効性・功利性・経済性・利便性などに価値をおく現代社会
においては、心の教育は等閑に付されがちです。
しかし科学技術の教育は必要がないと言っているのではありません。科学技
術の教育も人文科学の教育も共に必要なのです。現在のように、科学技術のみ
の偏重は避けるべきであると言っているのです。清らかな心の科学者は、髑髏
の水のようなクローン人間や地雷や原子爆弾などを喜んで作ろうとは決して思
わないでしょう。
古来、足利学校は心の教育のメッカであったことを思い起こしたいと思いま
す。現在が科学技術偏重の時代であるからこそ、足利学校の存在の意義はます
ます大きなものがあると確信しております。
最近、若い世代はこらえ性がない、という批判をよく耳にいたしま
す。そのようなときにしばしば思い起こしますのは、
怒らないことによって怒りに打ち勝て
という言葉であります。これは私が勤めていたことのある大学の一室
に掛かっていた、横長の額に書かれていた文言です。
これは大変に珍しいもので、ごく普通の額のように、日本の筆と墨
で墨痕あざやかに書かれてはいます。しかしじつは、上の言葉は、日
本語でもなければ、漢文でもなく、パーリ語というインドの古い言語
で、インドのベンガル文字で書かれている原文を、日本語に訳したも
のなのです。
その貴重な額を書いたのは、1913年にアジア人として初めてノーベ
ル文学賞に輝いたインドのヒンドゥー教徒の文豪ラビンドラナート・
タゴール翁(1861-1941)です。タゴール翁は、日本の岡倉天心や高
楠順次郎などと親交がありましたが、調べてみると前後5回日本を訪
れ、東京大学や慶應義塾大学などで講演を行いました。私は、大学創
立以来初めての激動の中に巻き込まれたとき、しばしばこの額を眺め、
この文言に勇気づけられ、慰められました。
この文言は、ヒンドゥー教の聖典からの引用ではなく、よく知られ
ている仏教聖典『ダンマパダ』(真理のことば)の「怒り」と題する章
に出て来る「怒らないことによって怒りに打ち勝て。善いことによっ
て悪いことに打ち勝て。分かち合うことによって物惜しみに打ち勝て。
真実によって虚言に打ち勝て。」の一部分なのです。
70余年の人生の中で、いろいろな機会に重い判断を迫られる場面
に遭遇することがありました。そんなときに迷いの中に思い出された
のが、先ほどの聖典の続きにでてくる「ただ誹(そし)られるだけの人、また、ただ褒められるだけの人は、過去にもいなかったし、未来にもいないであろう、現在にもいない。」という名言でした。